第10回 国際フィッショントラック会議に参加
2004年8月8日-13日

第10回国際フィッショントラック会議 年代測定と熱年代学(10th International Conference on Fission Track Dating and Thermochronology)」が,オランダアムステルダムで開催されました。以下地質学雑誌のニュース誌に投稿した学会報告です。

8月8日から13日にオランダ・アムステルダムで「第10回 国際フィッショントラック会議 年代測定と熱年代学(10th International Conference on Fission Track Dating and Thermochronology)」が開催された。財団法人・井上科学振興財団から出席旅費の一部援助を受け,会議に出席するチャンスを得たので紹介したい。
本会議は4年毎に開催される。以前は,フィッショントラック(FT)会議と重ならないようにやはり4年毎に開催されていたICOG(International Conference on Geochronology, Cosmochronology, and Isotope Geology)の際にも集まっていた。このICOGの時の集まりをFT会議として数えることもあり,第10回といっても,37年の歴史があるわけではない。出席者は約140人,参加国はヨーロッパを中心に多岐にわたるが,この手法が原子炉での照射を必要とするために,原子炉へのアクセスがない地域からの参加者は皆無に等しい。今回は,これまでと比べて中国からの参加者が格段に増えたことが目新しく,日本での日常生活で日々感じる中国の台頭をここでも実感することとなった。中国は次回会議の開催地としても立候補を行った。残念ながら選ばれることはなかったが,ICOGの苦い経験もあり,今後の中国とのつきあい方について,あちこちで井戸端会議が開かれていた。中国を代表するメンバーを一人選んでCommittee のメンバーとすることが決定されたが,大国中国のこと,決して一枚岩でないようで会期中に誰を推薦するか決まらなかったようである。今後の動向が見物である。一方日本からの参加者はたった3人と少なく,前回,前々回と比べて寂しい状況であった。特に学生の参加がなかったことが印象的で,年代学という地球科学の重要な基礎分野の一つが若い人の興味を集めなくなり衰退することに憂慮を感じた。私自身奮起しなければならないこともその通りだが,学術政策の影響もあるのだろうかとも思った。この国際会議を日本で開催してはどうかというプレッシャーは年々高くなるばかりである。国際的な期待に答えられるよう,国内の状況を考えていかなくてはならない。
会議は前半の基礎的なことに関する議論と,後半の応用研究の紹介に大きく分けることができる。会議の性質上,前半の基礎に関する議論はたいへん盛り上がった。フィッショントラックのデータを利用して熱史を構築する際のモデリングの手法や,その元になるトラックの短縮をどう数式化するかの議論は,いつも通り盛んであった。しかし今回はさらに基本に戻り,データそのものの持つ曖昧さ(実験条件による影響や個人差など)についての議論が活発であった。今さらのような気もしたが,それもこの分野の成熟を示しているようにも思う。Over interpretationを反省し,言えることと言えないことをしっかり認識しようという態度である。新しくもたらされた内容としては,今まで利用されてこなかったモナザイトのFT年代測定についての報告と,原子炉を利用せずにLA-ICP-MSでウラン濃度を測定する年代決定に関する報告があった。モナザイトのFT系はずいぶん低い閉鎖温度をもつらしく,基礎研究・応用研究ともに,今後の発展によってはいろいろ面白いことに利用できそうであった。LA-ICP-MSを利用した報告をしたのは他ならぬ私自身で,学会の反応がとても良かったのには正直驚いた。しかも時代の流れや日本国内での研究の現状から考えると,似たような発表があるのではと思っていたのだがそれもなく意外であった。この研究が可能になったのは金沢大学のCOEプロジェクトのおかげであり,関係者の方に深く感謝したい。また応用についてはテクトニックに活発な地域の上昇・削剥史がいつもどおり主流であったが,それをさらに気候,降水量や地形発達と結びつけた議論がおもしろかったし,時代の要求を満たしていると感じた。また断層に関する研究も同様に注目を集め,その分野では日本からの寄与が大きかったので誇りに思った。
正直に言うと今回の学会は事前のアナウンスなどがあまりなく,いったいどうなることかと危ぶんでいた。ヨーロッパではオランダ人はおおらかなこと(ちょっと違う言葉を使うこともできますね)で有名らしく,さらに中心になって学会を運営してくれた人は一般的なオランダ人を50パーセント増しにしたくらいのおおらかさだとの評判で,そのせいか全く組織だったところがなかったのである。しかしおわってみるといつも通りのFT会議で,生産的な暖かい雰囲気の中で無事に終了した。残念だったのは,今ではどこの会議でも当たり前になりつつあるインターネットへの接続ができなかったことと,毎回行われる中日の一日巡検が半日に減ってしかも美術館見学におき替わっていた点である。さらにいうと,学会後の巡検(アムステルダムからIGCの開催地フィレンツェまでの巡検の予定だった)もキャンセルされてしまって,オランダの地質を堪能する機会が全くなかったのが悔やまれる。これはきっとまた遠くない未来にオランダで学会を開こうという意思の現れにちがいない。次回は2008年にアメリカ・ジャクソンシティで第11回FT会議が行われる。北米大陸で行われるのは実に12年ぶりである。その前2006年にはオーストラリア・メルボルンでGoldschmidt Conferenceが開催される。メルボルン大学には大きな年代学のグループがあり,そこのボスが自ら学会の宣伝のビラ配りをしていたので,きっと多くの研究者が参加を考え始めたに違いない。次の会議までにまた何か面白い発表ができるように,頭を絞りたい。

 
           
         
    2006年にオーストラリア・メルボルンで開催されるGoldschmidt Conferenceの宣伝ビラを配るGleadow教授。受け取っているのはFT界の重鎮イギリス・Hurford博士。    
         
           

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