第11回国際熱年代学会議 FT2008 参加報告

FT2008 - The 11th International Conference on Thermochronometryが米国アラスカ州アンカレッジで9月15−19日に開催されました(学会のHP:http://www.union.edu/ft2008/index.html)。この会議は4年に1回各国を巡回して開催され,米国での開催は1992年のフィラデルフィア以来のことです。フィッショントラック(FT)年代測定法の国際会議として役割を果たしてきましたが,近年は会議名にも示されている通り, FT法だけでなくU·Th/He法,Ar/Ar法の研究報告も含め,熱年代学の会議として運営されています。 なぜアラスカで?とよく聞かれました。テロに対する心配が少なくてすむからだと推定していた人もいましたが,参加者の多くが地質学のバックグラウンドを持っているため,地球科学的に面白いフィールドであることが一番の理由だと思われます。さらに想像をたくましくすると,組織委員のなかに釣り好きが多かったためではないかとも思われます(たぶんこれが正しい)。日本人は金沢大からの4人を含め総勢5人しか出席がなく,この分野の今後の発展が危ぶまれる実情となりました。 .

会議の内容 :Overview

この会議では,実験上の実際的な問題を自由に議論し情報交換することに大きなウェイトが置かれています。今回はFTの自動計数装置及びソフトウェアがいよいよ実用段階に入ったことが重要な発表のひとつでした。自動計数が本格導入されれば,これまでコミュニティが苦心に苦心を重ねていたデータの標準化にも,新しい時代がやってきます。また私たちのグループで精力的に宣伝している原子炉照射を必要としないFT年代測定も,まだ実用的に利用しているグループは少なかったものの,これから進む方向として注目をいただきました。U·Th/He年代測定法が,必ずSmによるHeも考慮して,U·Th·Sm/He年代測定法に進化していること,またアパタイト中のHeの拡散に放射性損傷の影響があることを示唆する研究があったことも新しい流れでした。

場所がらアラスカの地質に関する応用研究が多く紹介されていたのはうなずけるのですが,なぜかチベットの研究がとても多かったのが印象的でした。インドーヨーロッパ大陸の衝突に関する研究に,FT法による上昇史解析が果たす役割は大きく,以前から研究は盛んでしたが,ここにきてまた再燃している感があるのは,気候変動との関連を研究する上で,改めて上昇史・削剥史を再検証する必要が出てきたからかもしれません。

またこの分野の研究者には引退する世代が多く,引退した人による特別講演が最近の会議ではよく開催されています。今回はアメリカのNaeserがご自分の研究史と分野の発展を照らしあわせた講演を行い,FT法創世紀のPrice, Walker, Fleischer が揃い踏みの写真は聴衆の郷愁を誘っていました。またイギリスのHurfordも引退を控えて参加者から祝福を受けました。しかしこちらは引退といってもまだまだ研究を進める環境におられ,以下に紹介するFT長測定の標準化について実験を企画していただいています。


FT長測定の標準化

今回の会議に先立ち,FT長測定用のブラインド試料が各研究室に配布されていました。FT長は熱史を定量的に解析するのに利用されており,同じ熱史の試料ならどこの研究室からも同様のFT長分布が得られることを前提に,モデリング用ソフトウェアが作成されています。まだデータを報告していない研究室もあったため,予察的な結果のみ紹介がありました。それによると,各研究室間の違いはもちろん,同一研究室(したがってまったく同一の粒子の測定)の中でも人によってばらついていました。しかしこのばらつきは標準化を試みることによって軽減することも示されていました。難しいのは複雑なトラック長分布を持つ試料で,人によって,あるいは偶然によって,長いものを測定しがちな時,短いものを測定しがちな時があることです。標準化については今後議論を深め,コミュニティーとしての意見をまとめていく方向にあります。

巡検

会議のプレ巡検(12−14日)ではマッキンリー(現地ではデナリ)を擁するデナリ国立公園に行きました。あいにくの雨で,植村直己を抱くマッキンリーをview pointから見ることはかないませんでしたが,一瞬の晴れ間に遠くから,輝く白い峰をちらっと見ることができただけでも良しとしなければならないのでしょう。このマッキンリーはデナリ断層の南部に位置し,沈み込み帯におけるブロック(マイクロプレート)衝突による造山運動により形成されたとの説明を受けました。我が日本にも似たようなセッティングがあるのに(沈み込むプレートの角度の違いはありますが),6000メートル級の山脈に発展しないのは気候の影響もあるのでしょうか。 学会中には1日巡検が用意されていましたが,この巡検では氷河および,フィヨルドを訪ねました。地質学的な巡検というよりは,動物の観察も含めた環境科学的な巡検でした。


HeFTyショートコース

本会議はIGCP543 Thermochron: Low temperature thermochronology: applications and inter-laboratory calibrationの共催となっており,FT法およびU·Th·Sm/He年代測定法で得たデータを利用して熱史を構築するためのコンピュータソフトウェア(HeFTy)の使用法についてのショートコースが行われました。講師はソフトを作ったKetchamが務め,この分野の新人だけでなく多くの人の参加を得て熱気に富んだショートコースでした。


会議の今後

本会議は4年毎に開催されていますが,その間を埋めるようにヨーロッパ会議が開催されています。ヨーロッパ会議も実質的にはそれ以外の地域の参加者が多いこと,4年に一度では在学中に国際会議に出席できないPhDの学生が出てきてしまうことから,このヨーロッパ会議も国際会議として開催することが承認され,今後,本会議は2年毎に開催されることになりました。またこれまでは公式には「国際FT会議」で,副題として「熱年代学に関する会議」とされることが一般的でした。しかしFT法だけでなく,U·Th·Sm/He年代測定法,Ar/Ar法の専門家が多く出席し,それらを複合的に用いた研究内容が主流となっている会議の現状をふまえ,公式にも「国際熱年代学会議」とすることが承認されました。今後母体学会(もしくは連合)の設立を含め,公的な組織への発展を目指し,より多くの熱年代学関係者への働きかけが活発となります。日本としても熱年代学分野の連携を探る必要があります。 次回会議は2010年にスコットランド・グラスゴーで開催されます。今後の組織の発展を見守るためにも,次回は日本から多くの参加者が参加されることを期待したいと思います

添付した写真の説明

図1:集合写真(学会HPより)
図2:悪天候のため残マッキンリー(デナリ山)は見えず。残念ながら看板の前での熱史の説明をするFitzgerald 氏。
図3:女性が元気な学会で,巡検の時にリーダーの周りに集まり真剣に議論をする面々は気がつけば女性ばかり。