能登半島地震で動いた輪島市門前町中野屋地区の

「断層」の発掘調査結果−第1報−(2007年4月14日発掘)

 

山形大学地域教育文化学部 生活総合学科 地学研究室 川辺孝幸
金沢大学能登半島地震断層調査グループ 断層発掘作業担当
  金沢大学大学院自然科学研究科    石渡 明
  同上                      平松良浩
  同上                     奥寺浩樹
  金沢大学埋蔵文化財調査センター  小泉一人

 

【今回の発掘に至った経緯】

  今回の「発掘」にあたっては,露頭での事実関係を明らかにしたいということで,川辺孝幸が地権者の方の快諾と協力のもとに発案・企画し,発見者の石渡 明に,掘削することになったので一緒に観察・議論することを提案し ,川辺孝幸の単独ではなく,共同で発掘することが実現したものです。
 

2007年04月18日作成,2007年05月07日更新


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調査結果の概要

 4月14日に,輪島市門前町中野屋地区【注1】において,金沢大学能登半島地震断層調査グループが3月27日に能登半島地震断層を発見した地点(概略の位置図は「断層発見」ページを参照)の横の水田で断層発掘調査を行いました(図1図2).


 発掘調査は,断層を横切る方向を長辺とする縦3.2x横1.2x深さ0.8mのトレンチを掘り,その側面と底面を観察しました(図3図4).トレンチは水田の面に現われた雁行割れ目(図5:発掘により破壊された)を跨いでおり,発掘前の水田では,雁行割れ目の付近で稲の切り株の列が右へ10 cm程度屈曲しているのが確認できました(図6).水田の所有者の話によると,田植えをした時は真っ直ぐに植えたそうです.


 トレンチ発掘の結果,水田耕作土とその直下の中礫が点在する暗灰色の砂質シルト層の下に,北東方向(北60度東)に伸び,南東へ30度傾斜する断層破砕帯(幅5cmの粘土帯)を確認することができました(図4).これは道路上に現われた右ずれを伴う亀裂(図2の道路上のアスファルト補修部.既に修復されて現在は見ることができない.発見当時の様子は「断層発見」ページを参照)のほぼ下方延長に当たります,なお,断層は水田耕作土を切っている様子は見つけられなかったので,今回の地震によって動いたものかどうかを直接確認することはできませんでした.


 水田耕作土の直下の中礫が点在する暗灰色の砂質シルト層に覆われた下では,一見,トレンチで確認された断層(粘土帯)の両側で岩石の種類が異なっているように見えました.北側(下盤側)は黄褐色の堅い砂質泥岩ですが,よく見ると,上盤側の堆積物が砂質泥岩の上面にある凹みを埋めて堆積していて(不整合),断層(粘土帯)は,上盤側にある堆積物中に発達していることがわかります.断層より南側(上盤側)は黄灰色〜橙色(上部は青灰色)の砂サイズから中礫サイズの砂質泥岩の角張った破片の集合体からなるきわめて淘汰のわるい,やや締まりの良い堆積物(一部に植物片を含む)でした.上盤側の地層は,粒子の状態から水分をあまり含まない状態で堆積した崩壊堆積物であると思われます.また,上盤側の崩壊堆積物には,灰色の砂質岩の脈(砂岩脈)が2本貫いており(図4:右側の1本は図の範囲外)、これらの砂岩脈は、その上に重なる水田耕作土の直下の中礫が点在する暗灰色の砂質シルト層によって削られていました.砂岩脈の一部は中礫が点在する暗灰色の砂質シルト層を貫いて水田耕作土の中に延びているものもあるように見られました. これらの砂岩脈の一部は,今回みつかった断層破砕帯のうち,砂質泥岩層に崩壊堆積物が不整合に重なる部分(断層破砕帯の最下部)から伸びているように見えました. 


 この地域は「縄又層」と呼ばれる中新世前期の砂岩・泥岩・礫岩の互層からなります.発掘地点東側の民家の北側の沢には,トレンチの北部を占めているのと同様の淡褐色泥岩が露出しており,100mほど南の別の民家の脇にも同様の泥岩が露出しています.南西方向の中野屋集落裏の谷には緑色の粗粒砂岩,礫岩,泥岩が露出しています.トレンチ南部の砂質岩はこの緑色の粗粒砂岩に類似していますが,岩相が非常に乱れています.


 今回発掘したトレンチで見られた,南東に30度傾斜する黄色の軟弱な粘土の部分は,今回の右横ずれを生じたすべり面(断層面)である可能性もありますが.この軟弱な粘土の部分は水田耕作土直下の中礫が点在する暗灰色の砂質シルト層に覆われていることから,この砂質シルト層が堆積する以前に主要な活動があったと思われます.むしろ,今回の地震で動いた可能性を示す証拠は,水田耕作土に達する砂岩脈の存在です.雁行割れ目は,水田耕作土に達する砂岩脈をつくった液状化によってできた可能性が考えられます.ただし,トレンチより北東側の道路付近では,南東に30度傾斜する断層面の延長部で,その動きが見られるのかもしれません. 【注2】


 この断層面の下盤側の地層は縄又層の泥岩と考えられますが,上盤側の地層は岩相が非常に不均質で,過去の地すべり堆積物である可能性があります.今回発掘された断層が,地震を発生させた地下深くの断層の一部が地表に露出したものなのか,それとも地震動によって昔の地すべり地塊が少し再移動しただけなのか,今後の更なる調査が必要です.


(文責:石渡・川辺)

【注1】 発掘現場横の民家の正確な地番は石川県輪島市門前町浦上30-62-1.国土地理院が決定した県道上の断層の経度と緯度はそれぞれ136.792391oと 37.317970o(136o47'33"と37o19'05")です.この経緯度は世界測地系(=日本測地系2000),GRS80楕円体(現在の日本の地図の標準的な座標系)によるものです.

【注2】 トレンチの壁面で見られた断層破砕帯の底面付近からは,図3の水溜りをつくっている湧水が湧き出ており,この地下水が地震時に液状化をもたらした可能性があります.また,この地下水が地表水由来のものなのか地下深部由来のものなのか,その成分を調べる必要があります.

 

図1.発掘現場見取り図(トレンチの位置を□で示す).(石渡作図)

図2.発掘の様子(4月14日).(石渡撮影)

図3.トレンチ東側壁面の様子(図4のスケッチ参照).ポールの色分けは20 cm刻み.(石渡撮影)

図4.トレンチ東側壁面のスケッチ.現地での露頭観察,地層剥ぎ取り試料の室内観察,写真観察に基づく.(川辺作図)

図5.今回の発掘地点の水田の表面には雁行割れ目が現われていた(ハンマーの右下と画面下部中央やや左).(石渡撮影)

図6.断層発掘現場の水田の写真(北から南を見る.左側が県道).中央の道路脇のミラーの手前,雁行割れ目の付近で稲の切り株の列が右へ10 cm程度変位している.水田の所有者の話によると,田植えをした時は真っ直ぐに植えたとのこと.(石渡撮影)


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【リンク】

山形大学地域教育文化学部 生活総合学科 地学研究室 川辺孝幸

金沢大学理学部地球学科ページ 石渡研究室ページ 石渡ページ 伝言板 

金沢大学理学部地球学科 能登半島地震関連ページ: 断層発見  墓石転倒率  海岸の隆起  

産総研の関連HP 


【変更履歴】

2007年04月18日23:30 断層発掘地点の正確な位置【注1】を追加.トレンチ壁面スケッチ(図4)を更新.

2007年04月19日12:00 断層面から湧出する地下水について,【注2】を追加.

2007年05月07日11:30 第2報公開に伴い,第2報へのリンクを追加.本ページのタイトルに「第1報」と発掘日を追加.

2007年05月07日20:00 リンクをページの下部にまとめて移設.【今回の発掘に至った経緯】の青字部分を追加.

以上