福井県大野市の荒島岳コールドロン

冨岡伸芳・石渡 明・棚瀬充史・清水 智・加々美寛雄 (2000) 「福井県大野市,前期中新世荒島岳コールドロンの地質と岩石」 ,地質学雑誌, 106巻, 313-329ページの抜粋.
(印刷された論文とは図の順番が異なります.印刷された論文には図4の写真と参考の図はありません.しかし,分析表や参考文献は,このホームページには載っていませんので,印刷された論文をご覧下さい.)

荒島岳の写真  荒島岳の記事1(福井新聞)  荒島岳の記事2(北陸中日新聞)

目次
1.はじめに 2.地質の概略 
3.地質構造 4.露頭写真 
5.他のコールドロンとの比較 
6.荒島岳コールドロン形成史 
7.中央深成岩体の鉱物組成 
8.岩石の化学組成(1) SiO2-MgO 
9.岩石の化学組成(2) SiO2-K2O 
10.岩石の化学組成(3) FeO*/MgO-SiO2 
11.岩石の化学組成(4) FeO*/MgO-TiO2 
12.岩石の化学組成(5) 希土類元素(REE) 
13.岩石のSr同位体組成(1) Sr同位体比-SiO2 
14.岩石のSr同位体組成(2) Sr同位体比-1000/Sr

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リンク: 大野地球科学研究会(福井県大野市)


1.はじめに
 福井県大野市の東にそびえる荒島岳は,日本百名山に数えられる美しい山です.この山は,以前は火山と考えられたこともありますが,もとの火山地形が現在もある程度残っているものを「火山」と呼ぶなら,荒島岳は火山ではありません.雨が多くて侵食が激しい日本では,500万年程度経過すると,もとの火山地形はほとんど失われてしまいます.我々の研究によって,荒島岳は1800−2000万年も前のかなり大きなカルデラ火山が深く侵食された残骸であることがわかりました.このような火山性の陥没構造は,「コールドロン」と呼ばれます(コールドロンの模式断面図).荒島岳と同じ時代の第三紀のコールドロンは,図1に示すように,西南日本にはたくさんありますが,北陸では今のところ荒島岳だけです(ただし,もっと古い白亜紀のコールドロンは北陸にもいくつかあります).もどる

図1.(a)西南日本の主な第三紀コールドロン.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図1.(b)荒島岳付近の地質概略.1.白山火山列の火山岩(50万年前〜現在),2.九頭竜火山列の火山岩(500-100万年前),3.新第三紀火山岩



2.地質の概略
 荒島岳コールドロンの地質図を下の図2に示します.このコールドロンは7.5 x 5kmの大きさで,北西方向に伸びる楕円形を呈し,中心部から周縁部へ向かって,中央深成岩体(赤),火山岩類(緑),環状岩脈(オレンジ)が同心円状に配列し,それら全体が飛騨片麻岩(古生代)や手取層群(中生代)の基盤岩の中にストンと円筒状に陥没しています.そしてこのコールドロン周辺の基盤岩中には多数の玄武岩〜安山岩岩脈が貫入しています.まず,約2000万年前に勝原(かどはら)付近を中心とする直径15km以上の成層火山ができ,その中心部がだ円形に陥没し,その陥没縁の断層に沿って環状ひん岩脈が貫入し,続いて1800万年前に中央深成岩体(勝原深成岩)が貫入して,荒島岳コールドロンが完成されたと思われます.年代はK-Ar法によって決定されました.もどる

図2.荒島岳コールドロンの地質図.


3.地質構造
 上の地質図の右下の下山付近のA-A'路線では,下の図3のように,東側(コールドロンの外側)へ向かって傾く溶岩の重なりが観察されます.馬蹄形に分布する火山岩類の内部構造は,概ね外側へ30〜50度傾いており,このような構造は,中央深成岩体の貫入に伴うドーム状隆起のために形成されたと考えられます.もどる

図3.荒島岳コールドロン南東部下山付近における荒島岳火山岩類の構造.溶岩と凝灰岩の互層がコールドロンの外側に向かって50度程度傾斜しています.


4.露頭写真
 荒島岳火山岩類の多くの部分は水底で噴出したと考えられます.その証拠として,九頭竜川河床では安山岩質の枕状溶岩が見られ(図4,左上),それはよく成層した細粒凝灰岩を挟んでいます(図4,左下).荒島岳火山岩類は中央深成岩体との接触部から100m以内の距離では接触変成作用を受けて黒雲母などが再結晶しており,この部分では時々花崗岩質の脈が見られます(図4,右上).なお,荒島岳コールドロンはいくつかの北東ー南西方向の断層に切られていますが,コールドロン西方の真名川河床では,この断層が段丘礫層を切っているのが観察され,活断層であることが明らかです(図4,右下).もどる

図4.荒島岳コールドロンの露頭写真.


5.他のコールドロンとの比較
 荒島岳コールドロンの大きさを西南日本の他の第三紀コールドロンと比べると(図5),波佐コールドロンよりやや大きく,石鎚コールドロンと同程度で,田万川,掛合,設楽,大崩山よりは小さいサイズです.中央深成岩体の周囲を火山岩が取り巻いている構造は波佐コールドロンに似ていますが,周囲に多数の岩脈を伴う点で異なります.コールドロン内部の岩石分布の違いは侵食レベルの違いに関係していて,大崩山では火山岩がほとんど侵食されてしまって中央深成岩体と環状岩脈しか残っておらず,荒島岳や波佐では火山岩が深く侵食されて中央深成岩体が大きく露出しており,まだ侵食が中程度の石鎚や田万川では中央深成岩体の頭の部分だけが露出しており,侵食が進んでいない掛合や設楽では火山岩だけが露出していると考えられます.また,現在の日本の火山のカルデラと比較すると,荒島岳コールドロンは伊豆大島や倶多楽火山のカルデラよりも大きく,摩周火山と同程度で,箱根・十和田・支笏・洞爺・姶良・阿蘇よりは小さいです(参考:(1)コールドロンの模式断面図, (2)日本の主なカルデラの大きさ(本ホームページのオリジナル図版))もどる

図5.荒島岳コールドロンと西南日本の他の第三紀コールドロンとの大きさと岩石分布の比較.斜線:周囲の基盤岩,細かい網:火山岩,粗い網:深成岩,細かい横線:環状岩脈,短い太線:周囲の岩脈.太線は長さ2km.


6.荒島岳コールドロン形成史
 地質学的調査とカリウム・アルゴン(K-Ar)法による年代測定に基づいて,荒島岳コールドロンの形成史を時代順にまとめると,下の図6のようになります.もどる

図6.荒島岳コールドロン形成史.太い矢印は,貫入する関係を示します.


7.中央深成岩体の鉱物組成
 中央深成岩体は,図4に示すように,比較的石英が少なく,カリ長石をかなり含む「石英モンゾ閃緑岩」よりなります.他のコールドロンの中央深成岩体,特に九州の大崩山(おおくえやま)コールドロンのものと比べると,石英が少ないことがわかります.もどる

図7.荒島岳コールドロンの中央深成岩体の深成岩の鉱物組成(●).大崩山コールドロンの中央深成岩体(○)と比較して示します.Qz:石英,Pl:斜長石,K-f:カリ長石.1:花崗閃緑岩,2:花崗岩(狭義),3:石英モンゾ閃緑岩,4:石英モンゾニ岩.


8.岩石の化学組成(1) SiO2-MgO
 これに対応して,荒島岳コールドロンの中央深成岩体の全岩化学組成は他のコールドロンのものに比べてSiO2が少なくなっています(図8).荒島岳コールドロンの火山岩類も玄武岩〜安山岩を主とし,SiO2に富むデイサイトや流紋岩はほとんどありません.もどる

図8.荒島岳コールドロンの火山・深成岩類のSiO2-MgO図.


9.岩石の化学組成(2) SiO2-K2O
 荒島岳コールドロンの火山岩と深成岩の多くは中〜高カリウム系列に属し,特に深成岩のほとんどは高カリウム領域にプロットされます(図9).もどる

図9.荒島岳コールドロンの火山・深成岩類のSiO2-K2O図.


10.岩石の化学組成(3) FeO*/MgO-SiO2
 また,荒島岳コールドロンの火山・深成岩類はFeO*/MgO-SiO2図上でカルクアルカリ系列に属するものが多いです.もどる

図10.荒島岳コールドロンの火山・深成岩類のFeO*/MgO-SiO2図.他のいくつかのコールドロン及び箱根火山のピジョン輝石(P)系列及び紫蘇輝石(H)系列の岩石と比較して示します.


11.岩石の化学組成(4) FeO*/MgO-TiO2
 荒島岳コールドロンの火山深成岩類は,波佐コールドロンの岩石と同様に,比較的TiO2に富みますが,海嶺玄武岩(MORB)のようなTiO2の濃集傾向は見られず,島弧玄武岩の傾向を示します.もどる

図11.荒島岳コールドロンの火山・深成岩類のFeO*/MgO-TiO2図.


12.岩石の化学組成(5) 希土類元素(REE)
 荒島岳コールドロンの火山・深成岩類の希土類元素パターンはどれもよく類似していて,軽希土類に富む左上がりのパターンです.これは,これらの岩石が中〜高カリウム系列に属することと調和します.希土類パターンの傾斜は,九頭竜火山列の大日山火山の安山岩(カルクアルカリ系列)よりは小さく,経ヶ岳火山の安山岩(ソレイアイト系列)と同程度です.玄武岩ではユーロピウムの正の異常が見られ,石英モンゾ閃緑岩や花崗斑岩では負の異常が見られます.もどる

図12.荒島岳コールドロンの火山・深成岩類の希土類元素パターン.


13.岩石のSr同位体組成(1) Sr同位体比-SiO2
 荒島岳コールドロンの火山・深成岩類のSr同位体比は0.705〜0.709程度であり,能登半島の同じ時代の火山岩に比べて高い値を示します.SiO2の増加とともにSr同位体比が減少する傾向があります.もどる

図13.荒島岳コールドロンの火山・深成岩類のSr同位体比とSiO2量の関係.能登半島の第三紀火山岩類及び基盤の船津花崗岩類(古生代後期),そして丹生花崗岩(白亜紀)と比較して示します.


14.岩石のSr同位体組成(2) Sr同位体比-1000/Sr
. Sr同位体比をSr含有量の逆数に対してプロットすると,高尾山火山岩類と中央深成岩体の一部が直線上に乗ってきます.これは,Sr同位体比が0.706程度でSr量が700ppm程度の島弧マグマと,Srに乏しくSr同位体比の低い海嶺玄武岩のようなマグマとの混合があったことを示唆します.一方,この直線よりSr同位体比が高い岩石は,飛騨帯の泥質片麻岩(B-7)のようなSr同位体比の高い岩石をマグマが同化した結果,形成された可能性があります.もどる

図14.荒島岳火山・深成岩類のSr同位体比とSr含有量の逆数との関係.Sr同位体比の低い海嶺玄武岩的なマグマ(図の右下方向)との混合,及び泥質片麻岩(B-7)のようなSr同位体比の高い基盤岩との混合が示唆されます.直線は混合線で数字は混合率(%).XEN1は本コールドロンで最もSr同位体比の高い岩石.能登半島の第三紀火山岩の多くも,海嶺玄武岩的なマグマとの混合線上に乗ります.

 


これにて終了です.御苦労様でした.もどる

2000年08月07日作成,2004年07月05日更新