レンジでチン:電子レンジ岩石学事始め

 

石渡 明(金沢大・理・地球)

 

Ding and ready: Beginning of the microwave petrology

Akira Ishiwatari (Dept. Earth Sci., Fac. Sci., Kanazawa Univ.)

 

日本岩石鉱物鉱床学会2004年学術講演会(岡山大学,9月23日),講演番号G6-09, 講演要旨集,p. 243.

 

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電子レンジの地質試料分析への応用としては,土壌の含水比試験での試料乾燥法(地盤工学会編, 1995; 地盤工学会基準・同解説),酸による岩石粉末の加熱溶解(横瀬・山本, 1997; 地球化学, 31, 53-67),工業用水中の低濃度金属成分の濃縮(岡村ほか, 1999; 工業用水, 493, 22-27),などがあるが,それらは酸や水の迅速な加熱または蒸発乾固を目的としていて,電子レンジ中での岩石の反応から直接その性質を知るわけではない.私は小・中学生相手の「おもしろ実験教室」の出し物を考えていた時に,蛇紋岩などの含水鉱物を含む岩石は電子レンジで加熱されるのではないかと思いついた.ここでは,電子レンジを鉱物の同定や地学教育に役立てる方法と,水及び蛇紋岩の電子レンジによる加熱実験の結果を述べる.岩石の含水率と温度上昇との関係がわかれば,灼熱減量(LOI)法よりも簡便に含水率を測定できる可能性がある.

 

電子レンジは水分子が誘電分極する性質を利用し,マグネトロン真空管で発生させた2450 MHz(波長12.2cm)の電波(国際規格)を食品に照射し,分極した水分子を激しく振動させて過熱する装置である.1946年,米国のレーダー技術者が電波に手をかざすと暖かくなることに気づき(和田忠太, 1995;「メカニズム解剖図鑑」日本実業出版),1955年レイセオン社が商品化,日本では1961年に東芝が生産を始め1980年代前半には家庭普及率が40%を越えた.対称的な構造の分子(ベンゼン等)は液体でも電子レンジでほとんど加熱されないが,水のように非対称な構造の分子はよく加熱される.珪酸塩鉱物中のOH基も非対称な構造で,しかも水と異なり密に規則的に配列するので,分極振動がより効率的に熱に変わると考えられる.

 

電子レンジで電波を照射した試料に手で触れて温度を感じるだけで含水量の差を感知できる.これは,黒曜石(無水)とピッチストーン(含水),かんらん岩(無水)と蛇紋岩(含水)などの判別に使える.ただし,家庭用電子レンジで100gの蛇紋岩を1分間加熱すると100℃以上になり(加熱後の蛇紋岩を常温水に投入するとジュッという音とともに細かい気泡が発生する),50gの蛇紋岩は35秒後に爆発して粉々になった.火傷や機械の破損に注意が必要である.なお,無水の物体だけをレンジに入れてスイッチを入れると,通常は安全装置が働いてすぐスイッチが切れるので,水を入れラップを被せたガラスのコップなどを一緒に入れるとよい.

 

今の子供達は電子レンジと共に育ったので,水を含む食品は温まるがガラスや陶磁器は温まらないことを知っており,一部の天然の岩石は温まることを示して,それが水を含むことを理解させれば地学教育の一助になろう(http://earth.s.kanazawa-u.ac.jp/ishiwata/omoshiro.htm)

 

 実験は自宅の電子レンジ(定格高周波出力550W) と棒状水銀温度計を用いて行った.質量M [g]と電子レンジで加熱後の温度上昇T []の関係を右下の図に示す.水だけの場合,加熱時間(t)が一定ならMTの積はほぼ一定で,t=60sの時(◇)は約6000t=40sの時(□)は約4000である.これは同じ種類の物質に吸収されるエネルギーが質量によらずほぼ一定であることを示す.80160gの蛇紋岩を40秒加熱し,150gの常温水に入れて水の温度上昇を測定すると,蛇紋岩の質量によらずT=19.5℃であった(■).このT値は,50150gの水を40秒加熱して150gの常温水と混合したときのT=14℃(△)よりも約40%高い.このことは,同じ条件で高周波加熱した場合,水(含水率100%)よりも蛇紋岩(同10%程度)の方がエネルギーをより多く吸収することを示し,電子レンジでの加熱による物質の温度上昇と含水率との関係が単純ではないことを示す.一般に液体は固体より温まりにくいが,含水率の大差からみると上の結果は意外である.岩石中の含水鉱物の種類や含有量によってエネルギー吸収率がどう変化するか,今後の課題である.謝辞:実験・文献調査にご協力いただいた森下知晃博士に深く感謝する.

 

【このページを引用する場合は次のようにお願いします】

石渡 明(2004)レンジでチン:電子レンジ岩石学事始め.日本岩石鉱物鉱床学会2004年学術講演会(岡山大学,9月23日),講演番号G6-09, 講演要旨集,p. 243.

 

 【ご注意とお願い】上の文章中で,「蛇紋岩が電子レンジで加熱される原因は,含水鉱物である蛇紋石を多量に含むからとである」という考えは,その後誤りであることがわかりました.蛇紋岩が電子レンジ中でよく加熱される主な原因は,蛇紋岩中の磁鉄鉱にあります.それについては,同じ学会の次年度の講演会で訂正いたしましたので,その講演要旨をご参照下さい.


 

2005/10/21作成, 2005/10/21更新

 

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