2成分系相平衡図の読み方に関する質問: Di-An系を例として


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 金沢大学理学部地球学科を卒業して,他大学の大学院入試の勉強をしていたある学生(石渡研卒ではない)から,次のような質問が来ました(1998年2月15日付け).このような疑問は,相図を学ぶ多くの学生が当然持つと思います.解答を用意しましたので,一緒に考えてみて下さい.質問文は原文を尊重しましたが,若干修正しました.

【質問1】

 下の図でDiopside-Anorthite系の相平衡を考える(圧力=1気圧).今,Diopside 80%, Anorthite 20%の化学組成をもつ物質を,図中のXから冷却する.温度が点X'に達した時,この物質は,図の点Sで表されるDiopsideの結晶と,図の点Rで表される液体の混合物からなっている.従って,この時存在する結晶の量(aとする)は「テコの法則」より, a=X'R/SR となるという.

 ここで疑問(1).では一体,SRがなぜ,Diopsideの結晶と,化学組成Rの液体を合わせた全体を割合的(つまりSR=1)として考えられるのか? つまり,SR, X'R, SX'の長さがそれぞれなぜ(Diopsideの結晶+化学組成Rの液体),Diopsideの結晶の量,液体の量の割合とマッチするのか.

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図1.透輝石-灰長石系の相平衡図

【説明】 

Diopside: 透輝石 CaMgSi2O6

Anorthite:灰長石 CaAl2Si2O8

A: Diopsideの融点

B: Anorthiteの融点

E: 共融点(CDも共融点の温度)

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【質問2】

 今,前記の疑問を仮に受け入れたとしても,次の新たな疑問がでてきた. 液体Xを冷却していくと,Diopsideの結晶がQの温度でできはじめ,Q→S→Cの順に結晶作用が進むが,Cの温度まではDiopsideの結晶だけが析出する.Cの温度になると,温度降下は止まり,Diopside:Anorthite=DE:CEの割合で同時に析出する.従って,純粋なDiopsideの結晶集合体ではなくなり,Anorthiteの結晶を含んでくる.この時,図の点C→Tへと結晶全体の集合体は進み(化学組成が変化し),X”まで進む.結晶全体の化学組成がTの時,残っている液体と結晶全体の集合体の割合は,

     (残っている液体の量):(結晶全体の量)=TX":EX" -----(1) 

であるという.しかし,Cの温度になった直後の,存在する結晶の量(つまりDiopsideの結晶の量)と液体の割合は,

     (Diopsideの結晶):(液体)=EX":CX"   -----(2)

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で表される.この時,(まだ,)Anorthiteの結晶の量は0(ゼロ)だから,このように表される.(しかし,)点Tの時はAnorthiteの結晶の量がCTだけ増加したのだから,上の(1)式は,次のような割合になるのではないのか.

     (残っている液体の量):(結晶全体の量)=TX":(EX"+CT)  -----(3)

よって(2)式より,CX"の液体の量からCT分だけAnorthiteの結晶が析出,つまり,

     CX"-CT=TX"

Cの温度になった直後のDiopsideの結晶の量に,点Tの時はCT分だけAnorthiteの結晶CTが加わったので,

     EX"=CT

ゆえに上記の式(3)の様になるのではないか.

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【解答】

1998年2月17日

前略 久しぶりです。手紙を拝見しました。大学院入試をめざして真面目に勉強しているご様子、何よりと思います。2つの質問は、どちらも、2成分系相平衡図の横軸が化学組成を表し、その化学組成とは、ある物質の単位質量当たりに含まれる各端成分の量であるという基本的認識がよく理解できていないために生じていると思われます。質問の答えは以下の通りです。

 まず確認すべきことは、(1)この図は2成分系の相平衡図であって、DiとAn以外の成分は固体にも液体にも存在しないこと。(2)この図の横軸は、各物質相の単位質量当たりに含まれる2つの成分Di,Anの重量の割合であって、一般には、固体や液体がそれぞれ「何グラム」あるかということは表していないこと。 これらを確認した上で話を進めます。

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 【質問1】は、テコの原理(lever rule)を理解すれば氷解します。まず、液体Xが100gあったとすると、この系には現在、結晶Sと液体Rの2相しかないのですから、それらの重量の合計は常に100gであるはずです。SとR各相の単位重量(例えば1g)当たりのAn成分の重量を、もとの液体Xの単位重量当たりのAn成分の重量と比べると、Rではaだけ多く、Sではbだけ少なくなっていますが(図1参照)、これはあくまでも単位質量当たりの重量差です。この系全体のAn成分の重量は変化しないはずですから、過剰分と不足分は同じ重量であり、差し引きゼロになるはずです。即ち、結晶Sの重量をs、液体Rの重量をrとすると、ra=sbとなるはずで、この式は、もしr=b、s=aならba=abで常に無条件に成り立ちます。結局、(結晶の重量):(液の重量)=a:bとなる他なく、系全体の結晶Sの重量の割合はa/(a+b)=X’R/SRとなります。

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 【質問2】についてですが,これも、横軸が、ある相自体の重量ではなく、単位質量当たりのその成分の重量であるということを理解していないために起こっている疑問と思われます。つまりTの点は結晶の集合体の中でのDiとAnの割合を示しているので、結晶が系全体の何%あるか、結晶の中のAnが系全体の何%あるかを表していません。「CT分だけ結晶化した」と見るのは誤りで、結晶相全体の化学組成がT点の組成になったということです。この場合、液体の組成はEに決まっており、結晶全体の化学組成がTなのですから、テコの原理より、(残っている液体の量):(結晶全体の量)=TX”:EX”が正しいのです。Tの位置は、あくまでも結晶物の単位重量(例えば1g)をとると、DiがTD、AnがCT分だけ入っていることを意味するだけで、AnがCTだけ増加したことを意味しません(逆に言えば、DiがCTだけ減少したわけではない)。結晶と液体の重量比は、疑問1の回答のように、T、X、Eの位置関係によって決まります。強いて結晶相の組成がTになったときのAnの重量を求めれば、(EX”/ET)*(CT/CD)です。ただし、系が完全に固結して液体がなくなってしまった場合はAnの量はCX”と一致します。これはX”とTが一致し、(EX”/ET)が1になってしまうためです。

 解答は以上です。普通の講義ではここまで詳しくは話せないので、多分完全に理解している人は少ないと思います。確かに相図はわかりにくいものです。しかし、基本に立ち返って考えれば、自ずから答えが明らかになると思います。因みに、この回答は私が自分で考えたもので、本に載っているかどうかは知りません。それでは、がんばって勉強して下さい。   草々

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1998年10月26日作成,2001年06月21日更新